2017年02月19日

河内秘仏の御開帳と梅見

野中寺梅.jpg

昨日、近鉄電車に乗って、大阪 河内のお寺にある秘仏を見に行きました。
羽曳野市の野中寺(やちゅうじ)、
藤井寺市の葛井寺(ふじいでら)、
です。

そして梅を見に、藤井寺市の道明寺天満宮にも行きました。

写真は野中寺の境内に咲く梅です。

藤井寺駅で下車し、野中寺へ。
野中寺は、聖徳太子が建立したお寺です。
毎月18日に重要文化財 金銅弥勒菩薩半跏像がご開帳されます。
半跏思惟像。考えごとしてはるのやね。見る角度にによって違った表情が見えました。
台座の框に造像記の銘文があるのです、(丙寅年に造られた弥勒菩薩であることが記載)とても珍しいこととのこと。
木造地蔵菩薩もご開帳されていました。

野中寺を後に、葛井寺へ。
近辺、古墳が多くありますね。
応神天皇陵や仲哀天皇陵など。地元の人はおうじんさん、ちゅうあいさんって呼んでる。

葛井寺.jpg
河内王朝(近つ飛鳥)は渡来者らによって発展し葛井寺の歴史も百済の王族の渡来が始まりとのこと。
とても大きなお寺です。
毎月18日に国宝ご本尊 十一面千手千眼観世音菩薩がご開帳されます。
千手にて迷える衆生を救うための大慈悲を示し、とても美しい。
触れて、見る(看る)ということは凄いことですね。

葛井寺をあとに、親戚の呉服屋さんへ。(店の主人は母方祖母の従弟、でも祖母より20歳くらいは若い…と思う)美味しいお茶をいただきました(笑)

電車に乗って、道明寺駅へ。

道明寺.jpg
写真は道明寺天満宮です。

私、勘違いしてまして、道明寺(お寺)と道明寺天満宮(神社)は隣だけど、違うのです。どちらも、菅原道真公の祖先 土師氏や道真公にゆかりのある神社仏閣です。(粗い表現ですみません)
野見宿祢が、はにわを造って殉死に代えた功績で土師の姓と所領地を賜って→土師神社となる。仏教伝来以後→土師寺にも?なる。当地にゆかりのある道真公が滞在。道真公の死後、天満宮を創建、土師寺を道明寺と改称。ということか。
まあ、その長い歴史の中でつまり神仏習合だったわけですね。?

行ったのは、天満宮、梅園のある天神さんの方です。梅は、天神さんゆかりの花ということですね。

梅はそこそこ咲いていましたよ。

梅園.jpg
けむって見えます。

紅梅.jpg
赤い花はいいですね。

緑.jpg
緑がかっている。

ピンク.jpg
ピンクは可愛い感じ。

そして、珍しく!宝物館が開館していました。

道真公遺品の鏡や櫛、牙笏、刀子(とうず)、硯、革帯(かくたい)など、また天神縁起絵巻など、国宝・重要文化財の数々を見ることが出来ました。

道真公は、夏水井(げすい)の水を汲み青白磁円硯により五部の大乗経を写す。その経塚からは胚芽が経巻の形をした木げん樹が生え、その実をとって数珠にして念仏を唱えると極楽往生出来るとか。謡曲「道明寺」にも出てくるよう。

なにやらわかったようなわからんような(笑)

さて、道明寺を後に電車に乗って富田林駅へ。
母方祖母の従妹(この人は祖母より10歳ほど若いか)のお家へ。
楽しい時間だったので随分長くお邪魔しました。

おばさん?の住まいは、富田林寺内町(じないちょう)といって大阪府内で唯一の重要伝統的建造物群保存地区に選定されていて、古くても建て替えなど出来ないんです。
「いろたらあかん」のですわ。
町並みをゆっくり散策して(もうすぐお雛巡りもあるよう)帰るつもりが、長居をしたものであわただしい帰路となりました。

ということで、終わり。

長々と失礼しました。
posted by さちこ at 14:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 文化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご無沙汰しています。
先日の拙ブログにも書いたのですが、一昨年の10月くらいからブログにコメントを頂いた時のメール連絡が無く、ずっとお返事を書いていなかったことに気づきました。ブログの設定のエラーだと思いますが結果として失礼なことをしましたことをお詫びします。これからもよろしくお願いします。

今度うめきたガーデンに行こうと思います。
Posted by よし at 2017年02月26日 09:33
よしさん、おはようございます。

なんだか、おかしいなぁと思っていました。

うめきたガーデンは、3月20日までのようですよ。その後はどうなるのでしょうね。
Posted by さちこ at 2017年02月26日 11:03
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